ソウル大学教授が断言!「独島は国際裁判所では必ず負ける!解決方法は黙って盗む事だ!」
韓国国内でのやり取りのようです。これを読むと韓国でも違法行為だということを承知している人間がいるようです。
しかし、それで自国政府を咎めるようなことをせず、ソウル大学教授という知識人すら、このような暴言をはいています。
■質問
盧武鉉政権では、日本との関係が円滑でありません。
靖国神社参拝を理由に、韓日首脳会談の日程まで取り消す事態になりました。
憂慮が高まっています。
どう思いますか?
■ソウル大学 安秉直名誉教授の回答
独島問題は歴代政権は黙っていました。
解決できないからです。
独島関連資料は日本の方がたくさん持っています。
日本は1905年に既に独島に対する国際的認定を受けているからです。
独島問題を国際司法裁判所で争ったら、文献と証拠をたくさん持っている日本が勝ちます。
盧武鉉政権が独島問題を国際司法裁判所に委ねないのは、この為です。
1つの肉(独島)を2匹の犬(韓国と日本)が争っているのです。
1匹(韓国)が肉を噛んだら、直ぐに逃げて、食べたら良いのです。
他の犬(日本)に吠えて、肉を離すのは、愚かな事です。
独島問題の解決方法は…。
「黙る事」(黙って食べる事)です。
韓国は、実質的に独島を領有しているのです。
心配する必要はありません。
騒げば、損になるだけです。
http://www.new-right.com/read.php?cataId=nr02000&num=886
次は対馬を狙っています。
対馬島返還戦略 ***************************************************************
1) 『対馬島は我々の領土だった。』(日本よりは相対的に我々の支配領域に属した…)という学術的な論文がたくさん出なければなりません。政府ではことさら気を使って研究費補助をしなければならないでしょう。
ある程度論文がたくさん出て自信が生じれば、『対馬島(ツシマ)韓日共同歴史研究会』のような団体が結成され、共同調査、研究内容交換、定期的な共同セミナー開催…なども可能でしょう。
2) 『対馬島は我々の領土(韓国語)』と『対馬島は韓国の地(日本語,韓國のつしま)』の歌が南北韓の国内と日本に広く普及し、大衆の中で対馬島に対する認識が新しく造成されなければなりません。
『歌(特に、大衆音楽)』は波及効果面で爆発性を持っています!
3) 対馬島住民たちに対する格別の愛情と文化的な交流(毎年8月初めに『ツシマ(対馬島)アリラン祭り』という祭が定期的に開催されている。)の拡大と実質的な経済協調が必ずなければならないでしょう。
まず、多くの観光客が対馬島を訪問し、コリアンたちから観光収入をたくさん上げなければならないでしょう。
4) ある程度、対馬島に対する国民的な共感が形成されたとき、愛国団体、学者、政治家、外交官、総理、…… 最後には大統領が『対馬島を返還しろ!』と主張するのです。
李承晩大統領が数回返還しろと堂々と主張した歴史的な事実を思い出さなければなりません!
長期的な対馬島返還戦略 *******************************************************
1) 将来、統一コリアで武力で占領する方法がありえますが、この方法は非現実的です。
2) 最も現実的な方法としては、『対馬島住民たちによる投票』で決定するのです!
すなわち、対馬島住民たちがひしとコリアに帰属することを願う場合、日本がこれを武力で阻むのは難しいということです。
3) 今から対馬島住民たちの心を捕らえることができる長期的な計画及び戦略を樹立して、効果的に実行して行くべきでしょう。
- 対馬島に関する水準が高い多くの論文たちが出なければなりません.
すなわち、国際的な学術紙に載せられて発表できる論文が準備されなければなりません。
- 現在、釜山市と対馬島の間で交流が進行していますが、政府次元での経済的な支援と積極的な文化交流が必要です。
- コリアから多くの観光客らが対馬島を訪問して、現実的で経済的な助けを与えなければなりません。
対馬島を『ノービザ観光地』にする必要があります。
- 対馬島住民たちに対する『韓国語』教育が必要です。
窮極的には、対馬島は韓国語と日本語が共用される地域にならなければなりません!
このような長期的な計画の樹立の下で、段階別の効果的な実行を通じて、相当な時間が過ぎた後に、対馬島住民たちが現実的に『コリア』に帰属することを願うようにするのです!
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韓国政府から助成金を受けている日本の団体が、独島(竹島)は韓国領土などと訴えています。
しかし、現在、韓国が主張している「干山島=獨島(竹島)説」の根拠に使われている『太宗実録』(1417年)の記述は、「干山島に15戸、86人の島民が住み、訪れた者が大竹、芋、アシカを持ち帰った」となっている。誰でもわかる通り、ここに記された「干山島」は明らかに鬱陵島である。竹島には人が住めるような平地は存在しません。明らかに別の島をさしているのです。
しかも、李氏朝鮮は税金逃れを嫌い、住民が島に住むことを禁じたのです。
日本では江戸時代初期の元和4年(1618年)には伯耆藩(島根県)の大谷・村川両家が幕府から竹島の北西92キロにある鬱陵島を拝領し、渡海免許を得て漁を行い、幕府にアワビを献上していた。両家は鬱陵島に向かう寄港地として竹島を利用していたが、遅くとも寛文元年(1661年)には竹島は両家に拝領されていますし、1905年に明治政府が領有宣言をおこなっています。これに対して、朝鮮は何も講義をしていません。
サンフランシスコ講和条約で韓国が竹島領土だと主張したことに対してのラスク国務次官補の返事
As regerds the island or Dokdo, otherwise knoen as Takeshima or Liancourt Rocks, this normally uninhabited rock formation was according to our information never treated as part of Korea and, since about 1905, has been under the jurisdiction of the Oki Island Branch Office of Shimane Prefecture of Japan. The island does not appear ever before to have been claimed by Korea. It is understood that "Parangdo" be included among the islands named in the treaty as having been renounced by Japan has been withdrawn
ドク島、又は竹島ないしリアンクール岩として知られる島に関しては、この通常無人島である岩島は、我々の情報によれば朝鮮の一部として取り扱われたことが決してなく、1905年頃から日本の島根県隠岐支庁の管轄下にあります。
この島は、かつて朝鮮によって領土主張がなされたとは思われません。